既婚者合コンで「もう卒業しよう」と思ったのに、また参加してしまう理由
今回は、既婚者合コン界隈ではかなりよく聞く話について書いてみたいと思います。それが「もう卒業しようと思ったのに、なぜかまた参加してしまう」という現象です。既婚者合コンに何度か参加したことがある方なら、一度くらいは経験があるのではないでしょうか。
「しばらくいいかな」「ちょっと疲れた」「最近、いい人いないな」「もう十分楽しんだし、そろそろ卒業かな」。参加した帰り道に、そんなことを考える。そのときは本気です。もう予約するつもりもない。次の開催予定をチェックすることもない。LINEのやり取りも少しずつ減らして、普通の日常に戻ろうと思っている。
ところが、それから二週間、三週間くらい経つと、なぜかサイトを見ている。「今週この時間なら行けるな」「この会、まだ空いてるんだ」「久しぶりに行ってみようかな」。そして気が付けば予約している。一度「卒業」を宣言したはずなのに、普通に戻ってくる。
この現象、なかなか不思議です。
もちろん、人によって参加理由は違います。誰かと知り合いたい人もいれば、単純に人と話したい人もいる。日常ではなかなか出会えないタイプの人と話してみたい人もいれば、仕事や家庭とは別の場所で少し息抜きをしたい人もいるでしょう。ただ、何度も参加している人の話を聞いていると、「また行きたくなる理由」は、最初に参加したときとは少し変わっているように感じます。
最初は「どんな人がいるんだろう」という興味だった。それが、そのうち「いい人に会えるかもしれない」という期待になる。さらに参加を重ねると、「今日はどんな人が来るんだろう」という好奇心になり、最終的には「なんとなく行きたい」という感覚になっていく。この「なんとなく」が、意外と強いのです。
「もう十分」と思う瞬間は本当にある
まず、既婚者合コンを卒業しようと思う瞬間について考えてみます。これは決して珍しいことではありません。特に何度か参加している人ほど、「もういいかな」と思うタイミングがやってきます。
最初の数回は新鮮です。どんな男性がいるのか、どんな女性がいるのか。どんな雰囲気なのか。どんな会話になるのか。何人くらいと話せるのか。自分はどんなタイプの人と話が合うのか。何もかもが新しい。
ところが、参加回数が増えると、だんだん見えてくるものがあります。似たような会話をする人、似たような自己紹介、似たような仕事の話。そして、以前会ったことがある人。「あ、この人前にも会ったことある」という場面も増えてきます。最初の頃はそれが面白いのですが、何度も参加していると、ある日突然「あれ、ちょっと飽きたかも」と思うことがあります。
特に、何回か続けて「今日は特に何もなかった」という日が続くと、その感覚は強くなります。「わざわざ時間を作って参加したけど、特に何もなかった」「LINE交換したけど、結局連絡していない」「話している間は楽しかったけど、家に帰ったら何も残っていない」。こういう日が続けば、「もういいかな」と思うのは当然です。
そして帰り道に、少しだけ達観した気持ちになる。「これで最後にしよう」。このときは、本当にそう思っているのです。
「卒業する」と思った直後は、案外気持ちが楽になる
実は、もう参加しないと決めた直後というのは、かなり気持ちが楽になることがあります。「次はいい人に会えるかな」「誰かとLINE交換できるかな」「今日はどんな人がいるかな」といった期待を持たなくてよくなるからです。
参加しなければ、結果を気にする必要もありません。誰とも連絡先を交換しなくてもいい。誰からも連絡が来なくてもいい。好みの相手がいなくてもいい。むしろ、「もう行かない」と決めたことで、参加者だった頃には気にしていたことが、一気にどうでもよくなる。
ところが、数日経つと、その気持ちが少しずつ変わってくる。「そういえば、あのとき話した人、元気かな」「あの会、最近どんな人が参加してるんだろう」「そういえば、あの人とはもう一回話してみたかったな」。そんなことを思い始めます。
さらに時間が経つと、以前は面倒に感じていたことまで、少し懐かしくなってくる。会場に行くまでの時間、受付をして席に座る瞬間、最初のちょっとした緊張、席替え、「あ、この人話しやすいな」と思う瞬間、逆に「うわ、今日はこのタイプか」と思う瞬間、帰り道にスマホを見る時間。そういう細かいことまで含めて、ひとつの習慣になっていたことに気が付きます。
人間は面白いもので、参加している最中は面倒だったことでも、離れてみると少し懐かしく感じることがあります。
「いい人がいない」から辞めたのに
卒業を考える理由として多いのが、「いい人がいない」というものです。これは男女ともにあります。何度か参加してみたけれど、自分が求めているような相手に出会えない。話はできる。感じのいい人もいる。LINE交換もできる。でも、「この人とまた会いたい」と思うほどではない。
そうなると、「これ以上参加しても同じなのでは?」と思ってしまいます。これは非常に自然な判断です。実際、同じような会に何度も参加すれば、毎回大きな出会いがあるわけではありません。むしろ、何も起きない日のほうが多いでしょう。
ただ、ここに厄介なポイントがあります。
「いい人がいない」という経験を何回かしたからといって、次も必ず同じとは限らない。これまで10回参加して、10回とも特別な人に出会えなかったとしても、11回目も同じになるとは限りません。もちろん、11回目も何も起きないかもしれない。それでも人は、「次は違うかもしれない」と思ってしまう。
毎回大きな結果があるわけではない。でも、たまに「これはちょっと面白い」という出会いがある。その可能性が残っている限り、完全には離れにくいのです。
一度でも「いい出会い」を経験すると、さらに難しい
そして、卒業しにくさを大きくするのが、過去の成功体験です。
一度でも、「この人と出会えてよかった」と思う経験をしてしまうと、それが基準になってしまいます。以前参加したとき、ものすごく話が合う人がいた。帰宅してからもその人のことが頭に残った。翌日もLINEが来て、何度かやり取りをした。その後、実際にもう一度会った。こういう経験をすると、「ああいうことがまた起きるかもしれない」と思ってしまいます。
逆に、何も起きない日が続いたとしても、過去に一度そういう経験があると、完全には諦められない。「まあ、あのときみたいな人がまたいるかもしれないし」。この一言が、結構強い。
既婚者合コンに限った話ではありませんが、人間は「一度うまくいった経験」をなかなか忘れません。しかも、毎回大成功する必要はない。たまに「今日は来てよかった」と思える日がある。その一回が、次の参加理由になってしまうのです。
実は「人に会うこと」自体が目的になっている
何度も参加している人の中には、途中から目的が変わっている人もいます。
最初は「いい人に出会いたい」。ところが、参加を重ねるうちに、「普段会わない人と話したい」「いろいろな人の話を聞いてみたい」「知らない人と話すのが意外と楽しい」という方向に変わってくる。
これは結構重要なポイントだと思います。
日常生活では、知り合う人がある程度固定されています。職場、家族、昔からの友人、近所、子どもの関係、趣味の仲間。こうした人間関係は安心感がある一方で、どうしても顔ぶれが似てきます。
その中で、まったく接点のない人と短時間話すという体験は、思っている以上に新鮮です。年齢も違う。仕事も違う。住んでいる場所も違う。生活スタイルも違う。考え方も違う。そういう人と「今日はじめまして」で話す。そして一時間後には、「それでは失礼します」と別れる。
この距離感がちょうどいいと感じる人もいます。
深い関係を作らなくてもいい。相手の人生を背負う必要もない。ただ、その時間だけは普段とは違う会話ができる。これが意外と癖になる。
だから、「いい人がいないから辞める」と言っていた人が、しばらくすると戻ってきます。別に新しい恋愛を求めているわけではない。ただ、あの独特の時間をもう一度味わいたくなる。
「誰かに会いたい」のではなく「誰かと話したい」
さらに面白いのは、この二つが似ているようで違うことです。
「誰かに会いたい」というのは、特定の相手を求める感覚です。一方で「誰かと話したい」というのは、もっと曖昧です。
今日は特に予定がない。家にいてもテレビを見るだけ。仕事のことばかり考えるのも嫌だ。家族と話す内容もいつも同じ。そんな日に、「たまには違う人と話してみようかな」と思う。
すると、以前参加したことのある会が頭に浮かぶ。「そういえば、あれなら一人で行けるな」。
この程度の理由で予約してしまう人もいるのではないでしょうか。
本人としては、「出会いを求めているわけではない」と思っている。でも、予約ボタンを押している。このあたりが、既婚者合コンの面白いところです。
「辞めよう」と思ってから戻るまでには、だいたい何かある
個人的に興味深いのは、卒業宣言をした人が戻ってくるときです。
何となく戻ってくる人もいますが、話を聞くと、きっかけがあることも多い。友人から「久しぶりに行かない?」と誘われた。以前会った人から突然LINEが来た。たまたま開催予定を見かけた。暇な休日ができた。仕事が早く終わった。なんとなく気分転換したくなった。
そして、「一回だけ行ってみようかな」となる。
この「一回だけ」が危険です。
一回だけのつもりで参加して、そこで少し楽しい思いをする。すると、「やっぱりたまにはいいな」と思う。そこからまた月一回になり、月二回になり、気が付けば以前と同じペースになっている。
卒業したはずなのに、復学している。
界隈では、こういう人を見かけることがあります。
「もう卒業しよう」は、完全な卒業宣言ではないのかもしれない
ここまで書くと、「結局、辞める気がないだけでは?」と思うかもしれません。確かに、それもあるでしょう。
ただ、「もう卒業しよう」と思った気持ちが嘘だったわけでもないと思います。そのときは本当に疲れている。本当に飽きている。本当にもう十分だと思っている。それでも、時間が経つと気持ちが変わる。
人間の気持ちは、そんなに固定されたものではありません。昨日まで「もういい」と思っていたことが、今日は少し恋しくなることもあります。
そして、既婚者合コンの場合、その変化を起こすのが「人との出会い」だからこそ面白い。
誰か一人に出会ったことで、「もう少し続けてみようかな」と思う。逆に、誰か一人との嫌な経験で「もう行かない」と思うこともある。
つまり、参加するかどうかを決めているのは、開催日や料金だけではなく、そのときの人間関係や気分だったりするのです。
本当に卒業した人は、意外と静かにいなくなる
一方で、本当に卒業した人ももちろんいます。
ただ、その人たちは意外と「卒業します!」とは言わない。最後の参加をして、その後ぱったり来なくなる。LINEのやり取りもなくなる。何かを宣言するわけでもない。気が付いたらいなくなっている。
これが本当の卒業なのかもしれません。
逆に、「もう絶対に行かない」「今回で最後」「もう卒業する」と強く言っている人ほど、しばらくすると戻ってきたりする。
もちろん、全員がそうというわけではありません。ただ、こういう傾向は確かにあります。
なぜなら、「もう行かない」とわざわざ口にする時点で、まだその世界をかなり意識しているからです。本当に興味がなくなったら、宣言する必要すらありません。
サイトを見ることもなくなる。開催日を気にすることもなくなる。誰が参加しているかも気にならなくなる。
それで初めて、本当の意味で離れたと言えるのかもしれません。
結局、なぜまた参加してしまうのか
では、最初の質問に戻ります。
なぜ「もう卒業しよう」と思った人が、また参加してしまうのでしょうか。
答えは一つではありません。新しい人と話したい。過去に楽しい経験がある。たまたま時間が空いた。少し刺激が欲しい。誰かと話したい。以前会った人が気になる。「今度こそ」という気持ちがある。あるいは、単純に習慣になっている。
そして、その全部が少しずつ混ざっているのだと思います。
特に面白いのは、「いい人に出会いたい」という気持ちが薄れても、参加したくなることです。
最初は結果を求めていた。しかし、何度も参加するうちに、「結果がなくても、それなりに楽しい」という状態になる。
これは、ある意味では卒業を難しくする最大の理由かもしれません。
誰かと付き合わなくてもいい。LINE交換しなくてもいい。特別な出会いがなくてもいい。ただ、普段会わない人と話して、ちょっと笑って、いつもの生活とは違う時間を過ごして帰る。
それだけでも成立してしまう。
そうなると、「もう卒業する理由」が少しずつなくなっていく。
「いい人がいないから辞める」
↓
「でも、別にいい人がいなくても楽しい」
↓
「じゃあ、たまに行けばいいか」
↓
「今月まだ一回しか行ってないな」
↓
「ちょうど土曜日空いてるな」
↓
「予約」
この流れです。
そして数週間後、また会場にいる。
「もう卒業しようと思ってたんだけどね」
そう言いながら、普通に受付を済ませている。
これも、既婚者合コン界隈ではかなりよくある光景なのではないでしょうか。
個人的には、「もう卒業しよう」と思えるくらい一度距離を置くこと自体は、悪いことではないと思います。少し疲れたら休めばいい。しばらく参加しなくてもいい。久しぶりに行きたくなったら、また行けばいい。
何度も参加している人ほど、「続けるか辞めるか」という二択で考えなくなっているようにも見えます。
行きたいときに行く。疲れたら休む。しばらく離れて、また気が向いたら戻る。このくらいの距離感のほうが、長く楽しめるのかもしれません。
そして、しばらく離れていた人が久しぶりに参加した日に限って、思いがけない人に出会うこともある。
「やっぱり来てよかったな」と思う。
そうすると、また少しだけ続けてみようと思う。
既婚者合コンの「卒業」は、学校の卒業のように、卒業証書をもらって二度と戻らないものではないのかもしれません。
「もういいかな」と思ったら離れる。「ちょっと行ってみようかな」と思ったら戻る。その繰り返しの中で、いつの間にか何年も参加している人もいる。
そして、そんな人に久しぶりに会うと、「お久しぶりです。まだ来てたんですね」「いやいや、もう卒業したつもりだったんですよ」「私もです」なんて会話が始まる。
でも、その日の帰り道には、また次の開催予定をチェックしている。
このあたりが、既婚者合コンという世界の、なんとも言えない不思議なところなのかもしれません。

